CESKY KROULV

 - チェスキー・クルムロフ -

 

  

 

  画家 Egon Shireの母親の故郷

  Shireの描く家々

  CESKY KROULVの街並

  

 

23.Oct.2010

  ドイツからチェコへ

  車で国境をこえて。

  何十キロだろう

  続くホップ畑を眺めていると

  頭の中はビールの泡でいっぱい

  しゅわわわ

  Audiのメータは200km

  道路を滑るように

  車はぐんぐんチェコに向います

 

 Vltava川 が大きく湾曲する地に中世のたたずまいを残すこの街

 1992年にユネスコの世界文化遺産に登録され

 世界で最も美しい町のひとつとして知られるようになったそう

  残念なのは交通の便が非情に悪いこと。

  オーストリアから列車→接続の関係で6〜7時間程

  プラハからはバス→3時間程。

  今年はエゴンシーレ生誕120周年。

  南ドイツに住むおともだち

  仲良し2人の車の旅に

  おじゃま虫なわたしですが

  旦那さまに感謝です。  

 

  

ingolstadtから2時間30分程で到着。

まずはじめに気になったこと。

街の至所にあるドイツ語。

ここはチェコ?

それは歴史が大いに関係しており

知れば知る程興味深い背景なのでした

 

Widipeka より

チェスキー・クルムロフでは、その地理的条件もありドイツ語が有力な時代が長かった

ドイツ系住民とチェコ系住民は生まれたときから共存しており

19世紀に至るまでは民族意識が政治的緊張をもたらすことはなかった。

19世紀に産業革命が起こったがこの街は大規模な工業化もみられず

街は緩やかに衰退へ。

 


1867年。チェスキー・クルムロフはオーストリア=ハンガリー帝国の一部となり

次第に民族主義が帝国全土を揺るがすようになる。

神聖ローマ帝国の時代から続くドイツ系住民とチェコ系住民の共存の時代はこうして幕を閉じる

学校教育や図書館などドイツ系とチェコ系に分離するようになる

1910年時点における街の人口は8,662人

そのうちドイツ系が7,367人 チェコ系が1,295人


第一次世界大戦の敗戦に伴い、オーストリア=ハンガリー帝国が崩壊

街はチェコスロバキア領となる

 

  


戦間期のチェコスロバキアでは、民族自決が認められず、

少数民族の立場におかれたドイツ系住民の政治的不満が高まる

1938年。ナチス ドイツはこれに乗じ、チェコスロバキア領内のドイツ系住民の権利が侵害されているとして

ズデーテン地方の併合を強行。

チェスキー・クルムロフを含むボヘミアのドイツ語圏地域はドイツ領となる


1945年 ドイツは第二次世界大戦に敗北

チェスキー・クルムロフは独立を回復したチェコスロバキアに復帰

しかしドイツ系住民については エドヴァルド・ベネシュ大統領の指令により

チェコスロバキアの市民権と私有財産を剥奪・没収することが決定


チェスキー・クルムロフの住民の多くはドイツ系であったため

この布告により多くの住民は故郷から追放する処分が下された

 

 

  

 エゴンシーレがこの街を「死の街」と称したのも

 この歴史を知れば頷ける

 この旅の目的だったEgon Schiele Art Center。

 実際にシーレの作品所蔵はあまりないのですが

 この街に来て歴史を感じて

 シーレの描く一番大好きなこの街の画を気持ち改め鑑賞する

 それは贅沢なことでした。

  

 

 街の至所の小さな店舗で

 バウムクーヘンのような焼き台でやかれるパン

 筒からはずされ焼きたてを頂きました。

 パンの周りにはお砂糖ついていて甘くて軽いおやつ。

 店員さんの後ろの壁に描かれた絵が

 しばらくの間、気になっておりました。

 

   

  スヴォルノスティ広場

  壁の模様や建物にドイツの街並との違いを感じつつ

  迷路のような街をお散歩

    

  この扉もこの扉もと

  ノックして扉のむこうの世界をのぞいてみたい

  そんな旧市街

   

  思った以上にアップダウンあり

  モルダウの川の流れの方に

  耳を澄ませて。

  目線をあげると常にそこには目的になる

  「いってみよう」が見つかります。

 

 

   

 フラデークの塔

 チェスキークルムロフ城の壁の模様はすべて描かれたもの。

 だまし絵。

 見応えがありました。

 

 

 かえり

 橋を渡ろうとしたら向こうからドタドタドタっと。

 おひめさま抱っこ

 結婚式。

 通りすぎる時

 ふわっとお花のいい匂い

 お幸せに

 

  

  美しきモルダウ川

  1人眺めながらEgon Shireの生涯とこの街の画をぼんやり頭の中

  力強さと弱さ  繊細さと大胆さ 喜びと哀しみ

  1枚の画から伝わる幾通りもの感情。

  このモルダウの川が教えてくれました。

 

  最後に。

  人々はあまりの美しさにこの街を

  「眠れる森の美女」と呼んでいるのだそうです

  

  たくさんの表情を持つモルダウを長く眺め

  感情を隠すことなく何かを浮かべたり想ったりしたくなる

  素敵な街でした。